水上温泉郷にある宝川温泉汪泉閣は1923(大正12)年に創業し、今年100周年を迎えました。この間、戦争や日本経済の浮き沈みなど、さまざまな社会情勢に直面してきました。

 バブル経済で華やかだった頃、日本全国に秘湯、露天風呂ブームが巻き起こりました。このブームの火付け役となったのが汪泉閣内の大露天風呂「摩訶(まか)の湯」でした。そして女性専用露天風呂としては日本最大と言われた「摩耶の湯」を含む、この大露天風呂群も注目されるようになりました。

 さらにうれしい出来事がありました。2012年、ロイター通信が世界の温泉トップ10を発表しました。6位に選ばれたのが宝川温泉です。アジア圏からは唯一のランクインで、夢のような知らせに体が震えたことを覚えています。

 宝川温泉が世界を代表する温泉の一つに選ばれた理由は何だったのでしょう。それはこの温泉が持つ豊かな自然環境にありました。

 20万坪に及ぶ天然林を所有し、源泉かけ流しの温泉井は3本。吹出量は毎分1600リットルで72度。「『東の横綱』とうたわれてきた大露天風呂群の圧倒的なスケールは世界6位を十分満足させるものだ」とのありがたい講評を頂きました。2000年代から取り組んできた外国人誘客に一層弾みがつきました。

 創業期を振り返ると決して順風ではありませんでした。かつて林業も営んでいましたが、日中戦争の影響を受け、次第に衰退。その頃、谷川連峰の一角の、道路も電気もない場所に温泉旅籠を開きました。これが原点です。

 戦争が終わり復興期に入ると、温泉事業の拡大に力を入れるようになります。電気はまだ通っておらず、業務用の物資は近隣の集落からトロッコを使って搬入するなど、不便な環境にありました。電気や電話が開通したのは1956(昭和31)年頃でした。

 恵まれた環境ではない中、叔父の故小野伊喜雄は天真らんまんな性格で家業をもり立てました。犬やクマ、サルを飼育し、特に近くの山で捕らわれた子グマを引き取り、露天風呂に入れて宿泊客に見せるなど独特のパフォーマンスを披露。「クマのおじさん」「クマのいる宿」として有名になり、集客に長く貢献しました。

 こうして振り返ると、苦難の創業期があり、秘湯ブームがあり、海外誘客が奏功し、現在があるのだと改めて感じます。

 時代とともに温泉や旅館業を取り巻く環境はさまざまに変化しています。国内の人口減少は重い課題ですし、コロナ禍のように厳しい波もありました。しかし、何代にもわたり守ってきた宝川温泉を自分の代でつぶすわけにはいきません。この名湯を引き継ぎ守る責任を全うしたいと思っています。

 同時に、日本が誇る温泉文化そのものも守っていきたいと考えています。

【略歴】宝川温泉汪泉閣4代目。2006年に代表取締役就任。20年から町観光協会代表理事。温泉を世界に広めようとインバウンド(訪日客)誘客に取り組む。